2011年9月7日水曜日

最後の成熟の追跡から学ぶ

今月は、2011年9月7日(水) 聖書研究会より

メッセンジャー:木村由智 牧師



 最後の成熟の追跡というこのDVDを通して、私たちの中にあるものが徐々に明らかにされて来て、 それらのものが一つずつ変えられていかないといけないプロセスの中に、皆さんも来ていると思います。
それを通して私たちは必ず成熟し、神様と御出会いすることができるという所に、 信仰を持っていかないといけないということが、本当にはっきりされていると思います。

  成熟を追跡するならば、私たちは終りの日を追い求めていかなければなりません。 しかし私自身がいつも追い求めていたのは、終りの日よりも、自分の体裁や、自分の考え方、 自分のやり方によって実を結んでいくという様な価値観が、まだまだ自分の中にあったのではないかということを、 神様によって読み取られたのです。読み取られると、本当に恥ずかしいというか、 穴があったら入りたいと言う様な気持ちなのですけれども、その過程を通って行かなければ、本当に成熟できない。 これはただの成熟ではなくて、最後の成熟を追跡するわけですから、もうこれは最後の成熟だと。 今まで何度も自分自身、信仰生活を振り返った時に、何も成熟というものを求めていなかった。 いつも新しい教えによって自分を飾り付けて、何か沢山持っているかのように装って生きて来ました。

しかしそれらのものが吹き払われると、何も無いというようなことが自分の中に明らかにされて来た。 本当に恥ずかしい思いで、こういう状態でいいのだろうかと、いろいろこう考える訳ですが、 しかしそれをつくり上げて来たのは、まさしく自分自身であるということです。

そしてそれから本当に今、 神様は正しい最後の成熟を追い求める者として、
「正しくない部分を完全に読み取って下さったということ。」
それにおいて、私は聞いたことを徹底して行わなければならない、聞かされたこと、 それはメッセージを通して語られたことだけではなくて、指導者や身近な人からの自分の耳に聞きづらい様なこと。 それらを聞かされた時に、私はそれを徹底して行っていかなければならない。

そうすることによって、 神様の求めておられる働きと、その召しにふさわしい者に変えられていくのです。



  一週間ぐらい前に、 「人は打ち負かされたものに服従する。」 というふうに、神様は語って下さいました。 神様は私に、完全に降参して、神様あなたに明け渡します。というような所まで、神様は私の所に臨んで来られる。 もう本当に今まで、死にましょう、死にます!自分は死んでいるというふうに思っていましたけれども、 最後の成熟を追跡するというこの神様の働きは、本当に力があるということを感じます。

 これこそ正に本物の神様の働きであり真理であるということが、自分自身の中にひしひしと感じています。 しかしそこに神様御自身の目的があり、私自身を五役者としてその機能を解放し、教会を立て上げ、教会、 共同体の完成目指して立て上げていくために、神様は私を召して下さったのです。 その召しに私はしっかりと留まっていなければならない。それだけが本当に私自身の立ち位置を明確にする。 そのために神様は炙り出しをして、霊的な状態を読み取ってそれをしていく。 そういう意味では本当に幸いだと思います。


  私が礼拝の中で聞いた、 「主任長老を通して、霊的状況をスキャンしていきます。」 というその主任長老を通してということは、私の上にそういう覆いがあって、その働きが成されていくということです。 そういったものが無ければ、自分が聞いたということで、違った方向に自分自身が進んで行く。

しかし神様は決してそういう御自身の秩序を崩壊させる様なことはなさらないで、 そういう風にはっきりと私に語って下さいました。それによって、私は本当にこの真理に打ち負かされて、 服従していくということを決断し続けていかなければならない。

肉は本当に愚かですから、 すぐにその決断を迷わせる様な状況がやって来ます。「命を取らなければ何をしても良い。」と、 ヨブに言われたように、本当にそういった所を通されて、私たちは初めて神様の真理に服従することができるのだな、 ということを感じます。


 皆さんに私が今日お伝えしたいことは、この真理に打ち負かされて、本当に真理に服従して、 この働きを完成させていただきたい。そういう風に思います。私が本当に読み取られる、 それは皆さんも同じように読み取られていると思います。その時に私たちはどういう態度をして、 それを受け取っていくかということ。

絶えず神様が私に、  

「起きなさい、そして光を放ちなさい。あなたの心を動かしなさい。決してそこに留まらないで、 あなたは心を動かして進んで行きなさい。どんなにいやな感情や、思いや、環境や、状態や、 言葉や態度があったとしても、あなたは心を動かして進んで行きなさい。」  

これが今神様が私たちに語って下さっていることだと信じます。皆さんそれぞれの立場や、 働きや、色んな場所で、色んな事があると思います。しかしその時に、神様は、 「起きなさい、そして光を放つまでに心を動かしなさい。」
 それをしていかなければ、私たちはこの教えが、 何の実にもならない様な教えに変わっていくということです。そしたらウッドロフ先生が、 この20年かけてスタートした出来事が、全て無駄になって来る。その決断を私たちは聞かされて、 すごい決断をしたなという、そういう他人事ではなくて、私たちはその決断に対して、私たちも同じように同意して、 心を動かしていく時が今来ているということを、その恵みの中に私たちが選ばれて入れられているということ、 それがどんなに大きなものなのかということを、本当に私たちは理解しなければいけないと思います。 


 そしてDVDの中で言われましたけれども、「何々して下さい。」というふうに祈らないで、 「私はあなたが見えます。ゆえに私に報いて下さい。」と祈りなさいと言ったように、本当にどんな状況で何も見えなくても、 「主よ私はあなたが見えます、それゆえに私に報いて下さい。」「私はあなたが見えます。」

 それが私たちの心を動かしていることだと、私たちは心を動かさなければいけません。

 自分の弱さや肉の愚かさにさいなまれて、もう動けない様な状態の中にいたとしても、 「私は神様あなたが見えます。だから私を動かして下さい。私に報いて下さい。」
 これが私たちの今の立ち位置だと思います。そこから私たちはさらに進んで、 この成熟というものを得ていかなくてはならない。そういうふうに思います。 


ヨハネによる福音書3章27節
「人は天から与えられなければ、何ものも受けることはできない。」


 だから皆さん、天からの資源を求めて成熟を追求して下さい。 そして明らかにされて来る自分自身の霊的な状態が読み取られた時に、本当にあわてふためくことなく、 何もなかったかのようにして、神様に信頼して進んで行きましょう。そして私たち一人一人に委ねられている務めを、 最後まで忠実に、それを行い続けていきましょう。そして今だかって見たこともない様な神様の働きを、 神様が私たちを通して明らかにして下さることを信じましょう。そのために私たちは召されているということを、 決して忘れてはならないと思います。

 このような素晴らしい真理が、私たちに開かれていることを感謝します。 本当に誰も栄光を受けることなく、神様にこの働きを、栄光を、実を返していけることを感謝します。 これが私たちの価値観です。炙り出されて、私たちは自分の価値観と、信仰と、動機と、 そういったものがはっきりされて来ます。そして神様は、誤った考え、価値観を完全に私たちの中から取り除いて、 正しい価値観で、私たちが絶えず立ち続けることを願っておられます。それを追い求めていきましょう。

 本当にこの働き、この真理を通して、成熟に向い、そして神様からいただいているものを認識して、 それをしっかりと握って、いらないものだけを捨てて、前に進んで行けるように。 今、ある人たちは本当に何も見えなくなっているかも知れない。しかし信仰によって、 「私はあなたが見えます。それゆえに神様私に報いて下さい。」と。

神様は、
「しばし我が顔を隠したけれども、私の恵みは永久に変わることがない。」
と、聖書の中で言われているように、 決してそれは変わることがないと思います。

 私たちは信仰を持ってそれを受け止めていきましょう。 「長老の按手を受けた時に、預言によってあなたがたに与えられて、 内に持っている恵みの賜物を軽視してはならない。」今私たちはもう一度、神様を真剣に求めていきたいと思います。 そして神様が約束されている場所に私たちは到達するように、神様からいただいている恵みの賜物を、 決して軽んじたり捨てたりしないで、それを本当に燃え立たせていきましょう。 



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